本記事では、現役の弁理士が弁理士になるまでの流れを詳細に解説しています。
特許庁からの公式情報だけでなく、自身の体験に基づいた非公式情報も満載です。
特に初学者の方には参考になるのではないかと思います。
弁理士になるまでの流れ
弁理士になるには次の3つのステップを踏む必要があります。
① 弁理士試験に合格
② 実務研修の修了
③ 弁理士登録
では、1つ1つのステップを詳しく解説していきます。
弁理士試験
弁理士試験は、知的財産権に関する知識を問う国家試験です。
具体的には、特許法、意匠法、商標法、条約、著作権法・不正競争防止法が出題範囲です。
弁理士試験には受験資格はありませんが、 理系の大学・大学院卒の受験生の割合が多い です。
しかし、高卒社会人や大学生が合格しているケースも少なからずあります。
試験は、短答式筆記試験、論文式筆記試験(必須科目、選択科目)、口述試験からなります。
弁理士試験の公式情報はこちらから。
特に近年、新型コロナウイルスの影響で日程が変則的になっていますので、注意してください。
① 短答式筆記試験
短答式筆記試験の内容
5つの選択肢から1つを選択する択一式の問題。
「正しいものを選ぶ」、「誤っているものを選ぶ」、「正しい(誤っている)ものの数を選ぶ」形式が出題されます。
全60問(特許法20問、意匠法10問、商標法10問、条約10問、著作権法・不正競争防止法10問)
短答式筆記試験の 試験時間
3.5時間
短答式筆記試験の 合格基準
65%の得点(39点)が基準です。
ただし「論文式筆記試験及び口述試験を適正に行う視点から工業所有権審議会が相当と認めた得点以上であること」とされています。
つまり、人数調整のために基準が変動します。
また、科目別の足切り(40%の得点)が設けられています。
短答試験の勉強法
② 論文式筆記試験(必須科目)
論文式筆記試験(必須科目)の内容
特許法・実用新案法から2題、意匠法・商標法から各1題の出題です。
「~について説明せよ。」といった一行問題と、いくつかの小問からなる事例問題が出題されます。
最近の傾向としては、事例問題の比重が高まっています。
試験中には、4法を収録した法文集が貸与されますが、記憶が曖昧な部分を確認するくらいしか時間的余裕がありません。
また、法文集には条文の解釈や判例が載っておらず、これらは確実に頭に入れておく必要があります。
法文集を「貸与」とありますが、実際には試験後に持ち帰れますので、前年受験した人は、持ち帰った法文集で勉強することができます。
市販の法文集とは使用感が異なります(紙が薄い)ので、気になる方は受験経験者に一度触らせてもらいましょう。
論文式筆記試験(必須科目)の 試験時間
特許法・実用新案法:2時間
意匠法:1.5時間
商標法:1.5時間
論文式筆記試験(必須科目)の 合格基準
標準偏差で調整した各科目の平均54点が基準です。
ただし「口述試験を適正に行う視点から工業所有権審議会が相当と認めた得点以上であること」と注意書きがあります。
採点基準の詳細が公表されていないので、基準は目安程度に考えてください。
合否の感覚を養うには、大勢が受験する予備校の模試を受けるのが一番です。
また、各科目の足切りは47点に設定されています。
論文試験(必須科目)の勉強法
③ 論文式筆記試験(選択科目)
論文式筆記試験(選択科目)の内容
論文式筆記試験(選択科目)は知的財産以外の分野から出題される試験です。
以下の選択問題から1つを受験願書提出時に選択します。
選択問題 | |
理工I(機械・応用力学) 材料力学、流体力学、熱力学、土質工学 | |
理工II(数学・物理) 基礎物理学、電磁気学、回路理論 | |
理工III(化学) 物理化学、有機化学、無機化学 | |
理工IV(生物) 生物学一般、生物化学 | |
理工V(情報) 情報理論、計算機工学 | |
法律(弁理士の業務に関する法律) 民法(総則、物権、債権から出題) |
※民法の選択者には試験の際、法文集が貸与されます。
論文式筆記試験(選択科目)の 試験時間
1.5時間
論文式筆記試験(選択科目)の 合格基準
素点で60%以上
論文試験(必須科目)の選び方・勉強法
④ 口述試験
口述試験の内容
口述試験では次の3科目が課されます。
- 特許法・実用新案法
- 意匠法
- 商標法
科目ごとの部屋が用意され、2人の試験官が待っています。
受験生が入室すると、試験官から口頭で問題が一問一答式に出されます。
解答できない場合は、試験官の許可を得て法文集を参照することができます。
ただし、 法文集を見ながらではなく、閉じてから解答しなければいけません。
用意された問題に全て正答できるか、時間切れになったときに試験終了です。
口述試験の試験時間
各科目10分
口述試験の合格基準
各科目についてA、B、Cで評価されます。
A:答えが良くできている場合
B:答えが普通にできている場合
C:答えが不十分である場合
C評価が2つ以上ない場合に合格です。
公式には発表されていませんが、10分の試験時間内に全ての問題に正答できた場合にAまたはB評価がつくと言われています。
時間切れになった場合にはC評価です。
また、法文集の参照回数が多いことを理由にC評価となることはないとも言われています。
口述試験の勉強法
弁理士試験の免除制度
所定の条件を満たすと、弁理士試験の一部が免除されます。
短答式筆記試験の免除者
- 過去2年以内の短答式筆記試験合格者
- 工業所有権に関する科目の単位を修得し大学院を修了した方で、工業所有権審議会の認定を受けた方
大学院修了から2年間を経過する日まで「工業所有権に関する法令」及び「工業所有権に関する条約」の科目が免除されます。
著作権法及び不正競争防止法の科目は免除されません。。
- 特許庁において審判又は審査の事務に5年以上従事した方
論文式筆記試験(必須科目)の免除者
- 過去2年以内の論文式筆記試験(必須科目)合格者
- 特許庁において審判又は審査の事務に5年以上従事した方
論文式筆記試験(選択科目) の免除者
- 平成20年度以降の論文式筆記試験選択科目合格者
- 修士・博士・専門職学位に基づく選択科目免除資格認定を受けた方
- 特許庁が指定する他の公的資格を有する方
弁理士試験の合格率
令和2年度の弁理士合格率は9.7%(受験者数2,947人、合格者数287人)でした。
近年の合格率は6.5%~10.5%で推移しており、一貫して難関の試験と言えます。
ただし、過去3年間の合格率は上昇傾向ですので、これから弁理士になりたい方にはチャンスです。
合格者の平均年齢は38歳程度。
受験者・合格者ともに30~40歳がボリュームゾーンとなっています。
受験生多くのは、企業や特許事務所に勤めながら受験しています。
弁理士は理系の資格というイメージですが、実際に受験生・合格者の7割が理工系学部出身です。
当然ながら、弁護士などの他の士業に比べて弁理士は理系の割合が圧倒的に多いです。
しかし、法文系出身者であっても問題はありません。
本人の努力次第で特許業務に従事することは十分に可能ですし、科学的素養が必要ない意匠や商標専門の弁理士になる道もあります。
弁理士試験の勉強時間
弁理士試験合格までに必要な勉強時間は約3,000時間です(個人差はあります)。
仕事を持っている受験生にとって、膨大な勉強時間を確保するのは容易ではありません。
経済的な余裕があれば、予備校・通信教育などを利用して効率的に学習するのが合格への近道です。
弁理士試験の受験料
12,000円
実務修習
弁理士試験に合格後、約4か月の実務修習を受ける必要があります。
実務修習という名のとおり、実践的な知識・技能を身に着けるための研修です。
正直4か月で実務能力が身に付く訳ではありませんが、ベテラン弁理士の講義を受けたり、同期合格者と机を並べて勉強したりする経験は貴重だと思います。
内容
- 弁理士法及び弁理士の職業倫理 8時間
- 特許及び実用新案に関する理論及び実務 28.5時間
- 意匠に関する理論及び実務 13.5時間
- 商標に関する理論及び実務 15時間
- 工業所有権に関する条約その他の弁理士の業務に関する理論及び実務 8.5時間
インターネット経由で受講するeラーニング研修、会場で受講する集合研修の両方を受ける必要があります。
また、集合研修の前に事前課題を提出しなければなりません。
課題が基準に満たないと再提出が求められ、合格するまで終われません。
スケジュール的にも年末年始の繁忙期と重なり、かなりタイトです。
しかし、弁理士試験と違って「落とす」ための制度ではありませんので、不安にならなくても大丈夫です。
受験生の方は、まずは弁理士試験に全力投球しましょう。
費用
118,000円
安くはありませんが、弁理士登録後に働いて取り返しましょう!
弁理士登録
実務修習を終えると、ついに弁理士登録です。
所定の書類一式を提出し、50,800円 (登録料35,800円+登録月の会費 15,000円)を振り込みます。
なお、会費 15,000円は登録後も毎月支払う必要があることに注意してください。
すでに知財業務をされている方は、月会費くらいは勤務先に負担してもらえるケースが多いようです。
勤務先の規定を確認してみましょう(ルールを知らずに損をしてしまうのはもったいないです)。
弁理士になる意味
以上、弁理士になるまでの流れを詳細に解説しました。
ところで、そもそもの話になりますが、あなたは弁理士になる意味を正確に理解しているでしょうか?
「知財の仕事するため」という答えが返って来るかもしれませんね。
しかし、それは正確とは言えません。
知財の仕事をしていても弁理士ならなくてもよい場合があるからです。
詳しく説明します。
弁理士資格は、知的財産権に関する業務を代理できる資格です。
典型的な例では、特許事務所に所属する弁理士が企業(お客さん)を代理して特許出願の手続きを行います。
一方、企業の知的財産部の部員は特許事務所に代理を依頼するか、自身で手続きを行うのが普通です。
部員が特許事務所に依頼するのはもちろん弁理士資格なしで可能です。
また、部員自身が手続を行う場合であっても会社を「代理」するわけではありませんので、弁理士資格を持っていなくてもよいのです。
以下で特許事務所の所員、経営者、企業の知財部員のそれぞれについて、弁理士資格の必要性をまとめていきます。
特許事務所の所員
特許事務所では弁理士の補助者として働くこともできるので、弁理士資格は必須ではありません。
補助者が書類を作成した場合、監督する弁理士のチェックを受けてから顧客に納める流れが一般的です。
実務能力のある補助者は新人弁理士よりも多くの業務をこなし、収入も高い傾向にあります。
ただし、将来のキャリアアップのためや、顧客からの信頼を高めるために弁理士資格の取得は強く推奨されます。
所員の資格取得に向けて金銭的な補助をしたり、試験勉強のための休暇を設けていたりする特許事務所もあります。
特許事務所の経営者
特許事務所の経営者には弁理士資格は必須と考えてください。
経営者への道は特許事務所の所員からパートナー(共同経営者)に昇進するか、経験を積んでから独立開業するのが一般的です。
将来、経営者になりたい方は試験勉強と実務を計画的に進めるようにしましょう。
知財部員
上で述べたように知財部員には弁理士資格は必要ではありません。
しかし、弁理士になるメリットはあります。
ざっと思いついた限りでも次のとおりです。
- 知財に関して一定の知識を持っていると社内で認められる
- セミナー開催などの有用な情報が入ってくる
- 今後、転職するときに武器になる
- 依頼先の特許事務所からの対応が丁寧になる(かもしれない)
実際に中規模以上の知財部には何人かの弁理士がいる場合が多いです。
弁理士に向いている人
本記事を読んでいるということは、あなたは弁理士になろうか迷っているか、弁理士に多少は興味があるのだと思います。
そこで、私が思う弁理士に向いている人の4つの特徴を紹介しますので、今後の進路を考える上で参考にしてみてください。
好奇心が強く、新しい技術に興味がある人
特許出願する発明は、これまで世の中になかった新しいものです。
つまり、弁理士は常に最新の科学技術に触れることになります。
新しい技術に興味を持ち、理解に努めることができる人が弁理士に向いています。
なお、意匠か商標専門の弁理士であれば技術は関係ないですが、好奇心自体は持っているに越したことはありません。
文章を書くのが好きな人
弁理士は特許出願書類など大量の書類を日々作成しています。
文章を書くのが好きな人には向いている職業と言えるでしょう。
格調高い文章が書けなくても、事実を文章で正確に伝える能力があれば十分です。
経験を積むことで文章力は鍛えられますので、いま文章力に自信がなくても心配ありません。
語学力がある人
産業のグローバル化が進み、日本企業が外国に出願する件数が増えてきています。
外国の特許事務所(現地代理人)との連携で外国出願を進める上で、英語のメール・FAXでコミュニケーションをとるのが普通です。
英語力が高い人への需要は高く、TOEICの点数などを条件に求人している特許事務所や企業も多いです。
しかし、英語力といっても幅広い能力がなくても大丈夫です。
知財の分野で読み書きがある程度できれば出願案件の業務で困ることはほぼないでしょう。
ただし、管理職のポジションになると渉外の仕事が増えるのが一般的で、英会話力も重要になってきます。
なお、英語の次に需要が高い言語はおそらく中国語です。
個人作業が苦にならない人
基本的には知財業務は個人プレーが多いです。
チームで動くのは、例外的に大きなプロジェクト・事件が発生したときなどです(そして大抵嬉しくない事態であったりします……)。
ひとりの作業に孤独を感じやすい人は弁理士にはあまり向かないかもしれません。
以上、初学者の方を対象に弁理士になるまでの流れを紹介しました。
本記事から分かるとおり弁理士を目指すには、かなりの労力と時間が要ります。
ご自身のキャリアプランを検討してから弁理士を目指すかを決断されるのがよいでしょう。
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